わいつーブログ

発達障害(ASD)だけど、生きづらさの克服を目指すブログ

苦しくったってー

こんにちは。

わいつーちゃんねるです。


僕のTwitterアカウントは、発達障害関係ばかりのフォロー・フォロワーで

現実の知り合いは1人もいません。


そのために開設したアカウントだから、それはいいとして

Twitterをチェックしていると、悲痛な発達障害に関する投稿を毎日のように見る。

特定の人物ではなく、全体的にである。


決してその人達がネガティブとか、大げさという印象は無く

それぞれの苦しみを、わかりやすく表現している。


その苦しみを毎日チェックするこちらの身にもなってくれ、と思わなくもないが

その投稿は自分の糧となりながらも、僕を暗い気持ちにさせる。


それは、大なり小なり共感できる部分があって

(改善や緩和はできるものの)一生続くのかと思うと、悲しみしかないのである。


個人的には、苦しみや悲しみを共有する事にあまり意味は無いと思うが

もし、あなたが自分だけ苦しい思いをしていて辛いと思っているのなら伝えたい。


苦しみを感じているのは、綺麗事でも誇張表現でもなく、あなただけでは無い。

苦しみは、基本的にその人にしかわからないけど、上も下も無いのだ。


ぼちぼちやりましょう。

体裁

こんにちは。

わいつーです。


日本は本当に体裁を大事にする国だと思う。

某ブロガーのブログを読んでいて、そう思った。

そのブロガーも、体裁を大事にする事に違和感を感じているようだ。


発達障害の人にとって、体裁を大事にする文化がとても苦手である。


体裁というのは、どこかに明記されておらず、なんとなく決まったルールがある。

もしくは、なんとか理由をこじつけて正当化させる。


この、なんとなくぼやーっとした事を理解するのも苦手だし

正当性にこだわるので、不条理な事が許せない。


外国人がどんどん日本で住むようになっているのに移民を認めないし

自衛隊は軍隊じゃないと言うし

パチンコは遊戯だと言うし

飛田新地は料亭だと言うし

賄賂も寄付金だと言うし


もしかしたら

世の多数派は正しさよりも、実益を求めているのだろうか。


日本は民主主義だから、実益を求めるのが多数派なら、それが正しい事になる。

正義が勝つのでは無く、勝った者が正義とはよく言ったものだ。

と、このブログを書きながらつくづく思った。

少数派が

こんにちは。

わいつーです。


ディスレクシアという、読み書きが全くできない精神障害がある。


目は見えるし、手は動くし、その他の事も全てできるけど、字が書けないのだ。


僕は当事者じゃないから、どんな感覚かわからないけど

他人から分かりづらい障害を抱える身としては、共感できる苦労もあると思う。


字を書くなんて誰でもできる簡単な事、と思って

練習すればできるよ!っていうアドバイスがとんできそうだけど、できないんですよね。


簡単な事、かどうかなんて自分の基準でしか無い。

障害じゃなくても、環境・文化・教育が違えば、自分ができるのに相手ができないことなんて山ほどあるのに。


「普通」とか「誰でも」という曖昧な基準で少数派ができると、やがて障害者とされる。


99人が車椅子で、残りの1人が歩けるとすると、その1人が障害者となる。

個人を見ずに、不特定多数の雰囲気で決めてしまう。

日本はそういう国だと思う。



試してみたい事

こんにちは。

わいつーです。


試してみたい事ができた。


とあるテレビを見ていたら

前頭葉の働きが多いと疲れる、という発言があった。

それは「時間を守らなきゃ」とか、使命感・義務的な考えが、疲れさせてしまうらしい。


根拠のデータはなかったけど、その発言をしていたのは脳科学でも比較的知名度の高い人らしいので、信憑性は高い気がする。


もしこの発言が正しいのだとすれば、僕が疲れる理由に、ある程度の説明が付く。


僕は「しなきゃいけない」感に縛られて生きている。自分でそう感じている。

ASDのこだわりの部分と、正当性を重視する部分が関わっているのだろう。


約束の時間を守るっていうのも、普通の人は普通にできる(表現が下手ですが)けれど

僕の場合は「守らなきゃいけない」と、いちいち意識しないと、守れない。

意識しても守れない事がよくあるけど。


自分の日々の行動全てを「しなきゃいけない」感で考えて過ごすとしたら

そりゃ、1日経ったら疲れているのも納得できる。


そこで、意識的に使命感・義務感を無くしてみよう思う。

そしたら、全然疲れないかもしれない!


予想できるパターンは以下の通り

①そもそも使命感・義務感を無くせない

②「使命感・義務感をなくさなきゃ!」という義務感で疲れる

③使命感・義務感を無くせても、物事への意識が弱いから何をやっても失敗する

④それ以外


①が最も有力です。

電車から遺伝子の話

こんにちは。

わいつーです。


今朝の出来事。


恐らく精神系の障害があろう、20歳後半の男性、身長は180cmぐらい。

1人でブツブツ喋りながら、少し暴れて電車に乗ってきた。


そして、電車に乗るやいなや、男子高校生に殴りかかった。

男子高校生も応戦する。電車内は騒然とした。


男性の方には何を言っても聞こえていない感じだったので

高校生が我慢する形で、喧嘩は終わった。


障害者には配慮をお願いする姿勢の僕だが、周りに被害があるのは良くない。

管理者も、1人で出歩かせてはダメだ。


しかし、この男性は恐らく一生をこのような傾向のまま過ごすのだろう。

それを考えると、同情せずにはいられない。

程度や特徴の違いだけで、僕も同じようなもんだ。


この一生ついてくるというのが、くせものなのだ。

だから、倫理の問題なんかすっとばして、さっさと遺伝子操作できるようにして欲しい。

そして、全ての障害を無くして欲しい。

頼みます。

妄想の中の人物

こんにちは。

わいつーです。


ASDADHDの僕は、感じ方や考え方が少数派?のため、不便を感じている。


しかし、感じ方や考え方の正しさってなんだろう。


例えば、人を殴りたくてしょうがない衝動を持つ人がいたとして

今の社会で、その衝動を発揮すれば制裁が待っている。

間違っていると判断される。


その人をが平穏に生きていくためには、

自然と湧き上がってくる衝動を、永遠に理性で抑え続けなければならないわけだが

そんなのは地獄だと思う。


その人の中で、その衝動は正しいものなのだから。


これは、妄想の中の人物だが、このような人物が存在しないかというと

ながちありえない話では無いと思う。


自然と湧き上がってくる感覚を抑えながら生きるという点で

妄想上の人物と自分を重ねてしまい、少し悲しくなった。


試しに集中してみる

こんにちは。

わいつーです。


改めて気づいたけど、仕事上で僕にはマルチタスクは無理だと言う事だ。

もっと正確にいうと

何か作業している時に、別の作業をしなければならなくなると、作業のペースが落ちる。


元々マルチタスクができない自覚があったので、今日デスクワークをしている時に試してみた。


試した内容は

①周りの声は一切耳に入れず、電話も取らず、事務作業を進める

②周りの声を逃さないようにし、電話を気にしながら、事務作業を進める


支障が出てはいけないので、短時間で試したが

同じぐらいのボリュームの事務作業でも、圧倒的に①が早い。


②では結果的に、話に参加せず電話も取らなかったので、他に時間を取られなかった。

ただ、意識が分散して、作業が遅くなるのだろう。


たぶん健常者の人も、集中した方が早いのは同じだと思うのだが、僕は極端な気がする。


そして、短時間にも関わらず、疲れ方が違う。

意識を周りに飛ばしている分だけ、顕著に疲れる。


という自分の特性を試してみたけど

今の職場で周りの情報をシャットアウトしてしまうと仕事にならない。


発達障害に向いている職業で、研究者というのを腐る程見かけるけど

僕の場合は、一つに集中するという意味で、あながち間違いではないかもしれない。


ただ、研究者になったところで

別の特性が発揮されて、うまくいかないという結果は容易に想像できる。


かなしいかな。